実録不動産トラブル#9「不動産売りますか」「はい」では売買無効!?〜高齢者の意思能力の問題は軽く見てはいけない〜
意思能力とは
高齢化が進んでいる日本では当然高齢者が不動産取引に関わる機会が増えている。高齢者の場合に問題になるのが「意思能力」だ。「意思能力」とは有効に(法的効果を伴う)意思表示をする能力の事であり6〜7歳児程度から備わり始めるとも言われている。
しかし、例えば不動産の売主であれば自分が不動産の所有権を失う(移転する)(という義務を負う)代わりに代金を受け取る(という権利を取得する)事の意味がわかる程度の能力は必要と考えるべきであろう(6~7歳児程度では不十分)。
意思能力が問題になる場面とは
では不動産の売主や買主が意思能力を有するかどうかはどの様に判断するのか。通常の取引では、特段疑わしいところがなければ意思能力の有無を問題にすることはないのが現状である。
疑わしいところがある場合とは、何らかの原因で相手方とのコミュニケーションがとれていない場合である。当事者本人が取引の過程に登場して来ずに他の者(多くは息子や娘、配偶者等の親族の場合と弁護士の場合)が本人に代わって動いている事が多い。本人が登場して来ていてもそれらの者が前面に出ていて本人とは直接話が出来ていないという事も少なくない。
意思能力の判定はどうやるか
そういった場合にやるべき事は一つである。本人に直接会う事。そして話をする事である。
この場合の「話をする」とは「会話をする事」である。一方的に質問をして、それに相手が「うん」「はい」と返事をするだけというのは「会話」ではない。「会話」をしなければ相手が「意味を分かっているか」はわからない。「うん」「はい」と返事をするのは2、3歳の幼児や泥酔者(どちらも意思能力はない)でもできる事である。
無効事例
ところがこの「うん」「はい」だけで意思能力(さらには不動産売買の意思)があると判断して取引を行っている例がある。驚くべき事である。その結果売買無効の訴訟を提起され、全面敗訴した(売買が無効となり融資した金融機関の担保設定も当然無効)例も実際にある。
しかも私がヒヤリングした例では当初A司法書士が不可(意思能力なし)と判断したにも関わらず当該金融機関が司法書士をB司法書士に変え、B司法書士が(「はい」という返事だけで)可(意思能力あり)と判断して売買を行ってしまったと聞いている。
旧来の考え方からするとB司法書士に責任はないかもしれない。例えば東京地裁の平成26年12月 3日の判決は次のように言う。「司法書士は,登記手続の専門家ではあるが,意思能力について専門的な知見を有するものではなく」「登記手続の委託を受けた場合,依頼者に意思能力がないかどうかについて調査確認すべき義務を一般的に負っていると解することはできない」
(Westlaw Japan :2014WLJPCA12038005)
しかし問題は司法書士が責任を負うか否かの問題ではなく、売買が有効に成立するか否かの問題である。要は、意思能力の判断は人任せにしてはいけないという事である。不動産の買主(担当者)や金融機関担当者は必ず自分の目で売主や買主の意思能力の有無を判断すべきである。
尚、前記東京地裁の判決における司法書士の責任に関する考え方は控訴審である東京高等裁判所の判断によって覆された。曰く、「依頼者の属性や依頼時の状況,依頼内容等の具体的な事情に照らし,登記申請意思の真実性に疑念を抱かせるに足りる客観的な状況がある場合には,これらの点について調査を尽くし,上記の疑念を解消できない場合には,依頼業務の遂行を差し控えるべき注意義務を負っているものと解するのが相当である。」
(東京高裁平成27年 4月28日判決、Westlaw Japan : 2015WLJPCA04286004)
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